第64章 【ネガイゴト】
新学期も始まりしばらくすると、すっかり英二くんの隣の席にも慣れて、恥ずかしさから嫌だなって思った感情はすっかりなくなって、英二くんが隣りにいてくれる幸せにどっぷりと浸っていた。
「おっはよー、小宮山さん♪」
「おはようございます、菊丸くん」
廊下から近づいてくる英二くんの「おはよー!」の声を、本の陰に隠れながらドキドキして待っているのは変わらなくても、教室に飛び込んできた彼がそのまま私の前を通過せずに、隣の席に鞄を置いて笑顔で挨拶してくれるそのことが幸せで……
英二くんの周りは自然と人が集まってくるから、私は相変わらず本を読んでいるだけなんだけど、今までは遠くで聞いていた「学校での英二くん」の声をすぐ近くで聞けるのは嬉しかったし、ちょこちょことみんなに隠れてこっそり英二くんとLINEで話しをするのもドキドキした。
授業中、本当に英二くんはノートを全くとってなくて、それどころか好きな日本史はちゃんと授業を聞いていたけれど、苦手な英語なんて本当に殆ど寝ていて、寝顔見れるなんて幸せ、なんて思えないほど本当に大丈夫なのか心配になっちゃって……
しかも、一度、先生に寝ている英二くんを起こすように言われて声をかけたら、完全に寝ぼけちゃっているようで、小宮山……?ってみんなの前なのに頬に手を伸ばしてきちゃって、菊丸くん!そう慌てて声を張り上げた。
パチっと目を開けた英二くんは状況に気がついたようで、しまったーって顔をして、それと同時にクラス中から笑いが起こって、英二、不二に殺されるぞー、なんて誰かが言って、そんな言葉に英二くんはやっベーって苦笑いで誤魔化していた。
恥ずかしくて赤い頬を隠すのに必死になりながら、バレなくて良かった、そう思う一方で、他の誰にされても構わないから、英二くんにだけは不二くんの彼女扱いされるのが嫌で、スカートの上で拳を握りしめていた。
英二くんだって私のために嫌なのを我慢してくれてるのに、なかなか割り切れない自分がまたどうしようもなく嫌だった。