第60章 【クラヤミノナカデ】
「……小宮山さん、グロス、とれてる」
その僕の行動に不思議そうな顔をしていた小宮山さんは、ハッとした顔で唇に触れて、化粧室で塗りなおしてきますね、そう恥ずかしそうに頬を染めてトイレにむかう。
「英二にもついてるよ?」
そう僕に指摘されて、やべっと唇を拭う英二に、いいよ、そんな芝居は、そう英二の目を見て静かに笑う。
わざとだろ?、静かに問いかけると、やっぱ分かる?、そう英二は舌を出して笑い、それから静かに目を伏せた。
「……不二、オレさ、本当に小宮山じゃなきゃ……ダメなんだ……」
「ああ、分かっているよ……」
英二の言葉から感じられるのは、僕に対しての罪悪感、それ以上に込められた小宮山さんへの強い想い。
安心して?もうプライベートでは誘わないから、そう笑顔で答える僕に、ん、サンキュ、そう英二は申しわけなさそうな顔をした。
「お待たせいたしました、えっと、次は図書館ですよね」
化粧室から戻ってきた小宮山さんのその言葉に、英二があからさまに嫌な顔をする。
えー、オレ、図書館なんかヤダー、そう頬を膨らませる英二に、だから不二くんとの約束ですよ、そう小宮山さんが苦笑いする。
「そのことなんだけど、小宮山さん、実は乾から連絡があってね……部のことで急用が出来ちゃったんだ」
もちろん、乾から連絡なんか来ていない。
それは英二に気を遣ったつもりだった。
でも本当は、もうこれ以上、小宮山さんと英二のそばにいるのが辛かったからかもしれない……
「邪魔者はそろそろ退散するとするよ」
フフッと含み笑いで小宮山さんに笑いかけると、彼女は真っ赤に頬を染めて、そんな、邪魔なんて……、そう慌てて首を横に振った。
「でも部活のことなら仕方がありませんね、また不二くんにおすすめの本、教えて貰いたかったんですけど……」
また今度、一緒に行って下さいね?、そう柔らかい笑顔を向けてくれる小宮山さんに、そうだね、またの機会に、そう返事をしながらチラッと英二に視線を向けると、英二は申し訳なさそうな顔で僕を見ていた。