第60章 【クラヤミノナカデ】
……僕には悪いと思ってるけど、退く気はないってわけだね。
そんな闘争心剥き出しにしなくたって大丈夫なのに……
席に座るとクスッと笑いがこみ上げてくる。
英二側の肘掛けに頬杖をつくと、時間まで静かに目を閉じた。
「オレ、ギリシャ神話って全然わかんないや、小宮山教えて~」
「いいですよ、今日の講演は十二星座の話で……英二くんは射手座ですよね?」
「うんにゃ~、11月28日生まれだかんね♪、あ、小宮山、一緒にお祝いしてくれる?」
「はい、もちろん、その……私で良ければ……」
「小宮山じゃなきゃ絶対やだって!約束だよん?」
2人の楽しそうな声が胸の奥でどんどんと大きな痛みに変わっていく。
「あ、そろそろ始まるみたいですよ」
ゆっくり会場が薄暗くなりはじめ、楽しそうに話をしていた小宮山さんがそう話を止める。
そのまま会場がすっかり暗くなり、非常口の灯り以外何もない暗闇に包まれる。
「小宮山……」
「え?……ぁ、ん……」
微かに聞こえた小宮山さんの甘い声と水音混じりのリップ音。
英二、流石にそれは無神経すぎるよ……?
天井に大きな星空が映し出されたとたん、何食わぬ顔で小宮山さんから離れた英二に思わず下唇を噛んだ。
「ん~、つっかれたー……!」
プログラムが終わり席を立つと、英二がそう背伸びをしながらため息をつく。
英二くんはずっと寝ていただけじゃないですか、そう小宮山さんがあきれ気味に笑う。
英二は映画館でもあっという間に寝るんだよ、そうクスクス笑いながら言うと、じゃあ授業中と同じですね、なんてまた小宮山さんは笑った。
ホールにでるとしっかり明るくなり、小宮山さんの綺麗にぬられたグロスがとれていることに気がつく。
そっと手を伸ばし、その柔らかい唇を指でゆっくとなでた。
それは無意識の、恐らく本能からの行為……