第60章 【クラヤミノナカデ】
本当に小宮山さんと出掛けてもいいのかな……?
12時30分、青春台駅の駅前広場、中央のシンボルツリーの前で立ち止まる。
早く着いちゃったな……、そう小宮山さんの自宅方向を眺めながら、この期に及んでまだ迷っている自分がいる。
『その子、英二の彼女なんだ……』
自宅を出るとき、そう言った時の姉さんの顔を思い出す。
目を見開らいて驚いていた顔は、ドアを閉めるその瞬間、すべてを理解したように悲しいものへと変わっていった。
姉さんがそんな顔、する必要ないのに……
クスクスと思わず自嘲して、それからフーッと今日何度目かのため息を落とした。
そう、約束したときとは違う。
もう小宮山さんは英二の彼女なんだ……
『大切な彼女、だから……、だから、不二、本当、あんがとね……』
こっちに戻ってきた日、タカさんの家で開いて貰った祝勝会で、そう僕にお礼を言った英二……
小宮山さんは約束を大切にする真面目な人だから、英二の彼女になった今でも、僕との約束を無碍にすることなんかなくて……
それを分かっていて僕からこの約束を断らないのは、英二に対しての裏切りではないだろうか____
駅から何度目かの人混みが溢れてくる。
ね、さっから1人だね、そう声をかけてきた軽そうな女の子に、すぐに来るよ、そうごめんねと片手で謝り、人混みの流れた先を見つめると、横断歩道の向こうで信号待ちをしている小宮山さんを見つけた。
僕に気がついた小宮山さんは、信号が青に変わった途端、急いでこちらに走り出す。
すれ違う人と肩がぶつかり、慌てて振り返ってぺこぺこと平謝りしている小宮山さんの仕草が可愛くて頬がゆるんでしまう。
まだ待ち合わせの時間じゃないんだから、そんなに急ぐことないのに……
それでも、その小宮山さんの気遣いが嬉しくて、そして、これが本当のデートだったらどんなに良いだろう、そう思って笑顔を少し曇らせた。