第60章 【クラヤミノナカデ】
ぱあっと目の前が一気に明るくなった。
目を見開くとストロークの体制に入っている幸村が見えた。
「これで終わりだ、すぐに楽にしてあげるよ?」
はっきりと聞こえた声に、もう一度ラケットをギュッと握りしめた。
急いで起きあがりそのボールを打ち返すと、幸村の足元にバウンドして後方へと跳んでいった。
「……悪いけどまだ終われないよ」
信じられないという顔をしている幸村を睨みつけた。
負けられない、僕は、負けるわけにはいかないんだ。
スーッと大きく息を吸って深呼吸すると、もう一度小宮山さんの笑顔を思い出した。
「約束したんだ、必ず勝つって……」
例え苦しくたって……
どんなに思い続けることが辛くたって……
決して辞めることなど出来ない。
小宮山さんと、約束したんだ____
「ゲームセット!ウォンバイ不二!7-6!!」
沸き起こる歓声……
駆け寄ってくる桃にガッツポーズの海堂、メガネのブリッジを上げてホッとした様子の乾……
眩しいくらいに青い空を見上げると、沢山の鳩が白く輝きながら空の彼方へと消えていった。
勝ったよ……小宮山さん……
駆け寄ってきたみんなに揉みくちゃにされながら、小宮山さんに心の中で勝利の報告をした。
「……負けたよ」
礼をして差し出された幸村の手を握り握手を交わす。
興奮さめやらぬ観客席にむかう僕を、ちょっといいかな?そう彼が呼び止める。
「キミは……暗闇の中で何をみたの?」
静かに歩み寄ってきた幸村のその問いに、さあ、何だろうね……?、そうとぼけると、幸村は僕に近い笑みを浮かべた。
「試合に勝ったというのに少しも嬉しそうじゃないね……」
その涙はまるで敗者のようだ……、幸村の言葉で初めて気がついた。
あの暗闇の中からずっと、涙が頬を濡らし続けていることに……
ああ……本当だ……変だね?、そう呟くとまた頬を涙が伝う。
そんな自分が滑稽でクスクス笑うと、その笑い声がまた僕の胸を痛ませた。