第10章 【ホウカゴ】
「小宮山ってさー……キレイな髪、してるよなー……」
ミントの余韻を楽しみながら日誌を書く私の後ろの席で、英二くんは私の髪を摘みながらふと呟いた。
「キレイなの……何で隠してたのさ……?」
こっそり視線をむけると、彼は机に突っ伏しながら、私の髪をひとつまみ摘まんではサラサラと流し、また摘まんでは流すを繰り返している。
「この見た目で目立ちたくなかったんです、もう手遅れですけど……」
「……見た目なんていいほうがいーじゃん?」
人それぞれですよ、そう目を伏せて答えると、ふーん?、なんて英二くんは気のない返事をしながら、自分の細い指の間を私の髪が流れていく様子をぼんやりと眺めていた。
「……真っ黒……だね、染めないの?」
髪が痛むから嫌です、そう答えると彼はその姿勢のまま、ん、オレ、小宮山の髪好き、なんて言ってまた私の髪を摘まんでは流した。
その彼の言葉に心臓がドキンと高鳴り、カァーっと顔が熱くなる。
彼のその気まぐれな「好き」はこんなにも私の心をかき乱す。
私の髪が好き、私の身体が好き……
それでも決して私のことを好きではない彼。
「小宮山って何のシャンプー使ってんの?オレ、この香り初めて」
フローラル系?そう彼が摘まんだ髪に唇を落としながら言うから、もう心臓がドキンドキンと激しく脈を打つ。
それと同時に、いつも他の人にもこうしているのかな?なんて思うと、どうしようもないほど切なくなった。
「……美容院で購入しているんです」
「ふーん、結構気を遣ってるよね?髪だけじゃなくて肌もさ、ちゃんとクリームつけてマッサージしてんでしょ?」
思わず吸い付きたくなんだよね、そう言って彼は身を乗り出すと、私の首もとにチリッと甘い痛みを落とす。
「けっこー、女子力高い?もしかして料理、得意?」
「……掃除は得意です」
「いや、料理だってば」
「洗濯も得意です」
頑としてその質問に答えない私に、つまり、苦手なわけね、そう言って彼は笑った。