第54章 【ウンメイノヒ】チュウガクキ①
テニスコートを望む階段の上、ぼんやりと座りその先を眺める。
冬のキンと張り詰めた空気が、 コンクリートの階段に座るオレに突き刺さる。
ハーッと手のひらに息を吹きかけると、空気が白く染まった。
「英二、ここにいたのか……」
少し気を使いながら掛けられた大石の声に、ヤッホー、そう力ない笑顔で振り返る。
「風邪引くぞ、鼻も頬も真っ赤じゃないか……」
そうオレの頬に触れる大石の顔もやっぱり同じように赤くなっていて、大石だって、そう言ってまた力なく笑った。
「どうだ、あれから……」
「相変わらず、何も変わんないよん……」
異変にはすぐに気が付いた。
あの日の朝食後、ラケバからラケットを取り出した瞬間、あの女の狂気に歪んだ笑顔がフラッシュバックした。
バクバクと心臓が大きく脈を打ち始め、全身の震えが止まらなくて、慌ててラケットを投げ出した。
な、なんだよ、今の……?
気のせいだと自分に言い聞かせた。
たまたまだよって……
だけど、それは何度やっても同じで、そのうち、フラッシュバックは幼い日々の記憶にまで及んだ。
ポーン、ポーン、ポーン……
お前ら、声、出していけー!、青学ファイ、オー!!
そんな慣れ親しんだ音にそっと目を伏せると、そうか……とだけ大石は呟いた。
「英二せんぱーい、ボールとってくださいよー!」
桃の声に視線をあげると、数段上に飛んできたボールがポンポンとオレの方に転がり落ちてくる。
そのボールを拾おうと手を伸ばすと、その手がガクガクと震えだし、息苦しさに慌てて身体を抱え込んだ。
あの女の狂気に満ちた笑顔……
振り上げられたラケットが身体を打ちつける鈍い感触……
幼い頃、毎日のように繰り返された暴力……
飢えと孤独と不安に飲み込まれそうになったあの日々……
「ゴメン、大石、変わりにボール、桃に投げてよ……」
無言で大石はそのボールを拾い上げると、コートへと放り投げた。