第54章 【ウンメイノヒ】チュウガクキ①
手塚だって一年の時に一発殴られた時の怪我が、後になって響いて故障に泣き続けたんだ、決して楽天視できる怪我じゃない。
だけどそんなことより、本当に厄介なのは心の方だって言うことは、もう嫌と言うほど分かっていた。
高く振り上げられたラケットがオレ目掛けて振り下ろされる様子と、その時のあの女の狂気に満ちた笑顔が頭から離れなくて、沸き起こる不安感に胸が押しつぶされそうになる。
「貼る……?絆創膏」
「もうそんなガキじゃないよん……効かないの、わかってんもん」
「そうね、もう高校生になるんだもんね、でも大丈夫よ、これはちゃんと効くから」
かーちゃんが絆創膏をちぎって、そっとオレの身体に貼り付ける。
痛いの痛いの飛んでいけ、ずっと繰り返していた幼い頃のおまじない、かーちゃんの優しい手に涙がまた溢れた。
「かーちゃん、オレ、かーちゃんの子供だよね……?」
「今更、なに言ってるのよ、英二はお父さんとお母さんの大切な息子よ」
「オレ、菊丸英二でいいんだよね……?」
「当たり前でしょ?、将来お婿さんにいかない限り、あなたはずっと菊丸英二よ」
オレ、婿なんか行かないもん、そう言ってトントンと背中を優しくさすってくれるかーちゃんの手に意識を集中すると、ガキの頃のようにそのまま眠りについた。
窓から差し込む光がちょうど目元を照らし、その眩しさから目を覚ます。
朝……?そううっすらと目を開けると大五郎が視界に入り、そのお腹に顔を埋めて朝日から逃れた。
ねーちゃんたちの部屋のドアが開いて、パタパタと小走りで出て行く音が聞こえる。
二段ベッドの下ではモゾモゾとにーちゃんが寝返りを打った。
枕元に手を伸ばして携帯を確認する。
心配したみんなからのLINEに一通り目を通す。
あんがとね、そうポツリと呟くとまた涙が滲んで、もう一度大五郎に顔を埋めた。