第54章 【ウンメイノヒ】チュウガクキ①
あ、そう顔つきが変わった母に我に返る。
ドクンと恐怖で身体が縮こまり、ヤバイ、本能でそう感じとった。
そんな恐怖に身構えるオレに、母は顔をひきつらせ、それから俯いて握る拳を震えさせた。
「やっぱりダメね……他人に育てられたおかげで、英ちゃんが反抗的になっちゃったわ、あんなに素直なイイコだったのに……」
あ……ああ……この感じは……
幼い頃になんども感じ取ったこの奥底から沸き起こる恐怖は……
あの頃とすっかり同じ、なにも変わらない……
数歩後ずさりをした。
母の視線が近くに転がっていたラケットに向けられ、ゆっくりとそれを拾い上げた。
何すんの?ま、まさか……、そう振り上げられたラケットを視線で追った。
「お母さんがもとの素直な英ちゃんにもどしてあげる……!」
その瞬間、狂気に満たされた目と、うっすらと開かれた口で歪んだ笑みを浮かべた母は、オレ目掛けて勢いよくラケットを振り下ろした。
「ごめんなさい!ごめんなさい!もうしないから許して……!!」
頭を抱えてその場にうずくまった。
何度も何度も身体中をラケットが打ちつけた。
痛くて、苦しくて、息が出来なくて……
涙が溢れて止まらなかった。
「英ちゃんが悪いのよっ!英ちゃんが反抗的だから、全部英ちゃんのせいよ!」
痛い、痛いよ、止めてよ、おかーしゃん……
心の奥底で幼いあの頃のオレが、うずくまって泣いていた。
「英二!!」
「早く止めるんだ!」
みんながオレの名前を呼んで駆け寄ってくるのが分かった。
大丈夫か?、そうオレの身体を起こしながら、心配そうに声を掛けてくれるその声は聞こえていたけれど、どこか他人事のようにしか感じなかった。
ごめんなさい……許して……
後ろから取り押さえられ、羽交い締めになりながらもなお、オレを殴りつけようと暴れる母に、そうひたすら謝り続けていた。