第53章 【キクマルケノヒビ】ヨウジキ⑤
「あー!にーちゃん!今度はオレにアニメ見せてくれるって言ってたじゃん!」
「うっせー、このバラエティー見てかないと学校で話題についていけないんだよ!」
「あんた達、うるさいわよ!喧嘩なら外でやりなさい!!」
「はは、相変わらず賑やかだな、我が家は」
菊丸家に引き取られて数ヶ月が過ぎると、お互いすっかり遠慮もなくなって、兄弟たちとのチャンネル争いをするのが毎日の日課になっていた。
そんなオレたちに怒るかーちゃんと、ビールを飲みながら微笑ましく眺めているとーちゃん。
その日もそんな幸せないつもの日常が、賑やかだけど穏やかに過ぎていた。
「私、歌番組みちゃおー……♪」
争いあう男たちをよそにねーちゃんがチャンネルを変える。
それは確かに普段の日常、その時も何も変わらなかった。
『次はみなさんの記憶にも新しいでしょうか、××市幼児置き去り事件を振り返ってみましょう。保護責任者遺棄の罪で実刑判決をうけ、現在服役中の____受刑者は……』
ドクン____
テレビから流れてきたその名前に心臓が大きく脈打った。
大騒ぎでチャンネル争いをしていたのにも関わらず、その名前だけが耳元で発せられたかのようにはっきりと聞こえた。
急いで振り返りテレビ画面に視線を向けると、そこには沢山の報道陣に囲まれながら、捜査官に連行される本当の母親が映し出されていた。
慌てたとーちゃんとかーちゃんが、ねーちゃんからリモコンを取り上げる気配を感じたから、消さないで!!とっさに叫んでテレビ画面の母に駆け寄った。
「おかーしゃん!!」
テレビ画面にかじりついて母を呼んだ。
もちろん、その声が母に聞こえるはずないのは分かっていたけれど、それでも呼ばずにいられなかった。
「おかーしゃん!!おかーしゃん!!!」
一気に蘇るあのボロアパートでの日々。
西日の当たる部屋、山盛りの灰皿と空き缶だらけのテーブル、アルコールとタバコと香水の香りの母親……
涙と一緒に溢れだしたのは、幼子が母を恋しく思う当然の感情だった。