第53章 【キクマルケノヒビ】ヨウジキ⑤
『だいたい、俺は前からこのガキが気に入らなかったんだよ、全く懐かないどころか、笑いもせずに伺うような目で見て来やがる』
以前、あの男に言われた一言を思い出した。
それから、この家に着いたときに、元気で明るいのが一番だって言っていたにーちゃん達とかーちゃんの会話……
オレも愛想よくしてれば嫌われないのかな……
元気で明るければ、みんな大好きになってくれるかな……
おかーしゃんにも……捨てられなかったのかな……
また少しだけ胸が痛んでかーちゃんの胸にギュッと顔を埋めた。
オレは元気で明るい、菊丸英二だよん……
微睡む意識の中でそっと自分の心に言い聞かせた。
次の日から菊丸家での生活が本格的に始まった。
母親とその男達との異常な生活と、短い施設生活しか知らないオレにとって、普通の家族というものは、どうしたらよいか分からないことだらけだった。
だけどオレがぎこちなく笑えば、家族はみんな大喜びしてくれたし、みんなが笑えばオレも嬉しくてまた笑った。
両親も祖父母も、他の兄弟たちと同じように接してくれたし、兄弟たちも沢山遊んでくれた。
時には意地悪されて兄弟喧嘩になることもあって、そんなとき大人たちは、喧嘩両成敗!そう言ってみんなのお尻をペンと大きく一発叩いた。
5人並んでお尻をおさえながら、喧嘩していたことも忘れて笑い合った。
叩かれたお尻は痛かったけど、心は全然痛くなくて、ああ、こんな怒られ方もあるんだな、なんて心が暖かくなった。
幼稚園に通うようになって兄弟以外の友達もたくさん出来ると、オレは他の子より足が速くて、いっぱいジャンプ出来ることに気が付いた。
それから虫取りが得意なことも分かったし、歯磨きが気持ちいいことも知って、テレビの恐怖特集をみてからあんなに平気だった夜の闇が怖くなりトイレも苦手になった。
そうやって毎日楽しく過ごしている間に、自然と本当の母親のことは思い出さなくなっていって、今の家族が当たり前のように本当の家族だと思うようになっていた。