第50章 【フアンナオモイ】ヨウジキ②
「チッ、こんだけ殴っても泣きやしねぇ、本当にかわいくねーガキだなっ!」
男がやっと暴力の手を止めると、ペッとオレに向かって唾を吐き捨てた。
おかーしゃん……チラッと母を見ると、目があった母は慌ててオレから視線をそらした。
……おかーしゃん、痛いよ……
身体中がズキズキして熱いよ……
さっきまでオレを殴っていた腕であの男が母を抱きしめた。
これも英二のためだからな、そんな言葉に母は笑顔を向けた。
「ありがとう、英ちゃんのこと、本当の息子と思ってくれているのね」
「当たり前だろ?愛情があるからしつけをしてるんだよ」
おかーしゃん、見てよっ!
洗面台で水を出して、唾をかけられた顔を洗い流した。
ねぇ、ちゃんと見てっ!!
タオルで顔を拭きながら、チラッと視線を母に向けた。
ちゃんとオレを見てったら!!!
オレには目もくれず、男の首に腕を回し、夢中で唇をむさぼりあうその母の姿に、黙って目を伏せた。
『こうすると直ぐに痛いの、どっかに飛んでいっちゃうのよ?』
ふと思い出したいつかの公園での見知らぬ母親の言葉。
棚の引き出しをあさってテープ状の絆創膏をこっそりポケットに押し込んだ。
「オラ、さっさと出て行けよ!途中で帰ってきたら承知しねーからな!」
その男の言葉に、わかってるもん……そう心の中で呟いてそっと玄関を後にした。
公園のいつものトンネルに隠れると、アチコチにできた痣に絆創膏をちぎって貼り付けた。
「いたいの、いたいの……とんでいけ……」
そっと呟くと、気持ちだけ身体の痛みが軽くなったような気がした。
だけど、心の痛みはなかなか消えなくて、何度も何度も繰り返した。
ポロポロと涙が溢れてきて、ゴシゴシと拳でそれを拭った。
それ以上こぼれないようにトンネルの天井から空を見上げると月が見えた。
この間より大きくなったそれは、広がった心の傷のようだった。