第50章 【フアンナオモイ】ヨウジキ②
西日が部屋に射し込む頃、母は仕事に行く準備をする。
あの男は今はぐっすりと眠っている。
久しぶりに母と2人のこの状況に、本能から母の側にまとわりつく。
「……英ちゃん……なに?」
少し気怠い母の声。
あの男に向けられる甘ったるいものと違うそれは、ずっとオレに向けられたものと同じで、毎日聞いている母の声なのに懐かしくて胸がキューっとなった。
母の腰に細い腕を回してギュッと力を込める。
だから何よ……?、チラッと視線だけむけて母がまた呟く。
お酒とタバコと香水の懐かしい母の香り。
クンクンと鼻を鳴らして顔を埋める。
この間ははぐらかされた質問。
おかーしゃん、オレのこと、好き……?、もう一度、恐る恐る問いかける。
「……だから、当たり前でしょ」
「ちゃんと言ってよ、ねぇ、オレのこと好き?」
「いい加減にして、忙しいの!」
母のイラついた声にビクッと肩を振るわせる。
もうなにも言えなくて、でも離れたくなくてギュッと腕に力を込めた。
暫くの沈黙。
不安からそっと母の顔を覗き込むと、母の視線はオレの痣と絆創膏だらけ腕にむけられていた。
……これ、どうしたの?、そう絆創膏を指差して母が問いかける。
ドキッとして慌てて手を背中に隠す。
ごめんなしゃい、勝手に……、そう呟いて俯くと、別に、いいのよ、そう母は静かに呟いた。
「……おかーしゃん、あのね……」
オレ、あの男、好きじゃない……、なんてとても口には出来なくて黙って口を閉ざす。
ううん、あの男だけじゃなく、前の男も嫌いだった。
本当はおかーしゃんと2人がいい……
だけど、男と一緒にいるときの母の笑顔。
オレには滅多に向けられない笑顔。
喜ぶ母をみていたらオレが我慢すればいいんだって、そう諦めるしかなくて……
「……オレのこと好き?」
本当に言いたいことは言えなくて、結局、また同じ質問を繰り返す。
一度だけでも「好きよ」って言葉を聞ければ満足するのに、やっぱり母は言ってくれなくて、しつこいわよ、そう迷惑そうにため息をついた。