第50章 【フアンナオモイ】ヨウジキ②
「おかーしゃん……?」
どうして?、そう目を見開いてもう一度母に手をのばした。
だけどもう母は手をのばしてくれなかった。
一瞬オレにのばしかけた手でもう一方の二の腕をギュッと掴むと、オレのすがるような目と視線を合わせないように母は横を向いた。
「……英ちゃん、パパに謝りなさい」
「……おかーしゃん……?」
「早く謝りなさい!!あんたが悪いんでしょ!!」
おかーしゃん、オレが悪いの……?
ちゃんと確かめて入ってこなかったから……?
こんなに思い切り殴られるほどのことをしたの……?
さっきから流れていた痛みからくる涙とは違う涙が、ポロポロと頬を伝い落ちる。
頬と背中は相変わらず痛かったけど、それ以上に胸の方がズキンと痛んでどうしようもなかった。
「……ごめんなしゃい……」
納得なんか出来なかった。
だけど、それに言い返すことはもっと出来なかった。
男が怖かった訳じゃない。
ただ、母がオレの味方になってくれなかったことが悲しかった。
口の中に広がる血の味と、しょっぱい涙の味が混ざってよけいに胸を締め付けた。
「……おかーしゃん、オレのこと、好き?」
消えそうな声で問いかけた。
……当たり前でしょ、少しの沈黙の後、母はそう呟いた。
それから、その男は頻繁にオレに手を挙げるようになった。
多分、理由は何でも良かった。
目つきが気に入らない、口答えしたから生意気だ、存在自体が鬱陶しい。
「しつけ」という言葉を言い訳にした、ただ単にストレス発散の捌け口としか思えないような暴力。
「ふざけんなよ、この、クソガキッ!」
何度も小さな身体に繰り返されるパンチや足蹴り。
小さな身体は、さながらサンドバッグのようだった。
あっという間に身体は痣だらけになった。
痛いよ、おかーしゃん……
理不尽に繰り返される暴力に黙って耐えながら、ずっと見て見ぬ振りをしている母に心の中で訴えた。