第50章 【フアンナオモイ】ヨウジキ②
「英二、おまえ、ちょっとどっか遊びに行ってろよ」
それからその男は、母の身体を触りながら、そうオレにむかって言うようになった。
英ちゃん、早くしなさい、そう母もオレをチラッと見ただけで、その男に同調した。
そう母に言われてしまっては、もう自分はそれに従うしかなく、そのうち、雰囲気を感じ取って自らそっとアパートを出るようになった。
いつ終わるかわからない、あのコエや物音に耳をふさいで長時間耐えるより、公園で1人待っている方がずっと良かった。
だけど夜中や、例え冷たい雨が降る日でもお構いなしだったから、そんなときは流石に憂鬱で辛かった。
昼間、他の誰かが居るときはあの茂みに身を隠した。
誰もいなくなると茂みから抜け出して、遊具で遊んだり探検してみたりした。
雨の日や疲れた時は滑り台の下のトンネルの中で身体を休めた。
トンネルの中から空を見上げると母の顔を思い出した。
かすかに見える頼りない星々が、ここにいるよ、そう精一杯瞬いて知らせているようだった。
ドクン____
その真っ暗な空に吸い込まれそうな気がして、慌てて膝を抱えて身体を縮こめた。
おかーしゃん、空、暗くて怖いよ……
ドクン、ドクン、小さな心臓が大きく鼓動を打った。
ひっく、ひっく……
不安から涙が溢れてきた。
公園に遊びに来るようになって、自分の普通は異常なことだと、もう痛いほど思い知らされていた。
母と自分しかいない狭い世界に、別の男が入り込んだせいで、違う魅力的な世界を知ってしまった。
おかーしゃん、おかーしゃん、おかーしゃん……!
母に会いたくなった。
他の子のようにギュッと抱きしめてもらいたかった。
優しく「大好きよ」って言ってもらいたいと強く願った。
おかーしゃん……
もう一度見上げた星空は相変わらず頼りなく、その星々の間に見えた細く消えそうな三日月は、まるで心の中にできた細いひっかき傷のように感じた。