第50章 【フアンナオモイ】ヨウジキ②
「ひっく、おまじない……?」
「そう、こうすると直ぐに痛いの、どっかに飛んでいっちゃうのよ?」
そう言ってその母親はウインクをして、泣いている男の子の膝に絆創膏をペタッとはると、痛いの痛いの、飛んでいけ~♪、そう節を付けて唱えながら優しく撫でた。
途端に男の子は笑顔になって、ほんとだ、もう痛くない!そうまた元気に走り出した。
「いたいの、いたいの……とんでいけ……」
ポツリと呟いてその親子を見続けた。
親子は楽しそうに追いかけっこをしたり、ブランコに乗って背中を押してあげてたり、砂場で大きな山を作ってトンネルを掘ったりと、終始笑顔で楽しそうだった。
でもそれはその親子に限らずに、他の沢山の親子連れも同じで、自分にはまったく当てはまらない、自分の知らない世界が広がっていて、その光景を戸惑いながら見ていた。
「おかーしゃん……」
視線を空に戻して自分と母の日常を思い浮かべた。
ゴミだらけの部屋でタバコを咥えてぼーっと座りながら、興味なさそうにチラッとオレをみる仕草……
西日に染まりながら、きれいな格好をして派手な口紅を塗って出かけていく様子……
ピンポンを連打して、英ちゃーん、そうご機嫌で帰ってくる姿……
酔いつぶれて必死に掛けた毛布に潜り込んだときの、その温もりと酒とタバコと香水の香り……
それから……男の人と裸で抱き合って、だらしない顔で乱れるその衝撃的な姿と喘ぎ声……
ズキンと胸が張り裂けそうに痛んだ。
いたいの、いたいの、とんでいけ……!
いたいの、いたいの、とんでいけ……!
いたいの、いたいの、とんでいけ……!
茂みの中にうずくまり、自分の胸をさすりながら、さっきの見知らぬ母親の言葉を思い出した。
こうすると直ぐ痛いの、どっかに飛んでいっちゃうのよ?、そう言ったその言葉を信じて何度も何度も唱え続けた。