第49章 【ハジマリノキオク】ヨウジキ①
トン、トン、と、ぎこちない包丁の音に心弾ませた。
コトコトと鍋の煮える音に身体も踊り出した。
部屋に漂うカレーの香辛料の香りに笑顔をはじけさせた。
母親がご飯を作ってくれた、ただそれだけなのに本当に凄く嬉しくて、当たり前のことなのにすげー特別で……
嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて……
「英ちゃん、お皿並べてー」
ウキウキしながら渡されたお皿をテーブルに並べながら、ふと気が付いて不思議に思った。
・・・3枚?、あの女の顔を見上げて首を傾げた。
いいのよ、そう言って笑う母親の笑顔がどこか歪んで見えた。
ピンポーン
玄関から響いた呼び鈴の音に、あの女が笑顔で振り向いた。
ザワザワと胸によくわからない感情が広がった。
はーい、小走りで走りだし、ドアを開けた母の背中を不安な思いで見つめていた。
「待ってたわ、ちょうどカレーが出来たところなの♪」
それは今まで聞いたことのないあの女の甘ったるい声だった。
いや、今までも当然のようにあったんだと思う。
でも記憶に残っている中では初めて聞いた声だった。
恐る恐る母を見上げると、その向こうに知らない男の人が見えた。
ニヤニヤと笑うその男の笑顔が凄い不気味なものに感じて、ギュッと母の脚にしがみついた。
「どうしたの?英ちゃん、新しいパパよ?」
オレの背中に手を添え、その男の前に差し出した母の笑顔もまた、酷く歪んでみえた。
よろしくな、英二、そうワシワシと掴むように撫でられた頭が気持ち悪かった。
ほら、挨拶しなさい、そう歪んだ笑顔で言うあの女の言葉を無視してその背中に隠れた。
「ねえ、美味しいでしょ?」
「ああ、英二は幸せだな、こんな美味い飯が毎日食えて」
「あなただって、これからは毎日食べれるわよ」
いちゃつきながらテーブルに座るあの女と、突然現れたパパだというその男を、嫌な気持ちでみていた。
あれほど楽しみだった母のカレーは、全く味なんかしなかった。