第49章 【ハジマリノキオク】ヨウジキ①
小さな窓から西日が差し込んで部屋をオレンジに染める頃、派手な服に着替えた母親は分厚い化粧をして、きつい香水の香りをプンプンさせながら、それじゃ、大人しく待ってなさいね、そう言って出て行く。
幼子を残して夜の仕事に行くのは、女手一つで育てるためには仕方がなかったのか、そもそも、そんな仕事をしているから、オレが1人なのか……
もちろん、夜、派手な化粧をして男のご機嫌を取って酒を飲ませる仕事の女が、みんなあの女と同じではないのだろう。
だけど少なくともあの女に限って言えば、オレは、決して「守るべき大切な存在」ではなかったのだけは確かだ。
だけど、当時のオレは本当に世の中の普通を知らなくて、そんな母親と2人きりの生活が穏やかにながれる幸せなものだと本気で思っていた。
でもいつもそんな穏やかな日は長く続かなかった。
「英ちゃん、おはよう、ふふ、お寝坊さんね?」
目が覚めるといつも昼過ぎまで寝ているあの女が、オレに笑顔を向けていた。
鼻歌を歌いながら部屋のゴミを袋に詰め込んでいた。
「英ちゃん、窓開けて、今日は徹底的に掃除するんだから!」
頷いて窓を開けながら、自分に向けられた母の笑顔を嬉しく思い、思わず駆け寄って纏わりついた。
「ふふ、英ちゃんったら、駄目よ、もう」
普段は対して興味ももたれず、空気のように扱われることが殆どだったから、「駄目」と言いつつ頭をなでてくれたことに心弾ませた。
2人で部屋の掃除を済ませると、また珍しく母がキッチンに立った。
普段はお腹が空けば、勝手に買い置きのパンやお菓子を食べていた。
冷蔵庫を覗きながら、うーん、何もないわね~、そう言って振り返り、英ちゃん、買い物に行くわよ、そう言った母に笑顔で大きく頷いた。
滅多に外に行くことなんてなかったから、母と一緒に外の空気が吸えることが凄く嬉しかった。
手を繋いで近所のスーパーに歩いて行った。
そんな普通の親子が当たり前に毎日している事が、オレにとっては特別な出来事だった。