第8章 【イタミ】
自室へ入るとネコ丸がみゃあと足にすり寄ってくる。
「やめて!!」
普段のその愛らしい行動を身体が拒否してして思い切り払ってしまい、ハッとして慌ててゴメンね?と抱き上げる。
「ネコ丸は関係ないもんね……本当にゴメンね……」
そう言って窓辺に座り頬ずりすると、ネコ丸が私の涙をペロッと舐める。
「くすぐったいよ……ネコ丸……」
ネコ丸……
彼を始めて見かけたのはあの雨の日の公園でのこと。
キクマルエイジという名前は友人がいない私でもよく知っていた。
彼はそれほど何の接点もない私の耳にまで、その名前が届くほどの有名人だった。
それもそのはず、私がこの青春学園高等部に入学する前、当時中学3年生だった彼は、男子テニス部全国制覇を成し遂げた時の中心メンバーの一人だったのだから。
そんな彼が高等部ではテニス部に入らないと知った時の、みんなの驚きといったら相当なものだった。
学園中が騒然とし、彼を心配し、そして多くの女子が涙した。
みんなが彼に訳を聞いたけど、結局彼は誰にも理由を話さなかった。
ただ中学のテニス部の仲間達だけは、その理由を知っているようだったけど……
そんな仲間達も彼の意志を尊重し、堅く口を閉ざしたため、結局理由は謎に包まれたままだった。
それほど、彼は仲間からもみんなからも愛されていた。
だから勉強しか出来ない私とはまるで正反対の彼に、こんな私が何か出来る訳もなく、ただ遠くから彼を見つめる日々が続いた。