第8章 【イタミ】
「申し訳ありません、遅くなりました」
そう言いながら教室に入る。
クラス中の視線が私に注がれる。
みんなが唖然とした顔で驚いている。
「……小宮山……か?」
「?、はい」
クラス中が騒然とする中で、先生が恐る恐る聞いてくる。
「ど、どうした……?」
「委員会の仕事が長引きました、すみません」
「いや、そうじゃなくて……その格好は……?」
「……何か変ですか?」
いや十分、変だろう。
普段、あんな格好しかしていない私が、突然メガネを外し、髪を降ろして授業に遅刻してきたのだから。
しかも泣きはらした目というおまけ付き。
明らかに、何かありました、と言っているようなものだ。
騒然とする中、何でもない顔をして自分の席へとむかう。
席に座る前にチラリと菊丸くんを見ると、彼は含みのある笑顔で私を見ていた。
そんな彼と目があって、思わず思い切り目をそらした。
教科書を出そうと机の中に手を入れると、違和感を感じて中を覗いてみる。
そこにはないはずのものが目に留まり、そっとそれを手に取ってみる。
それはあの日の朝、公園で失くしたはずの本。
……菊丸くんだ……
その本には目立つようにメモが挟まっていて、恐る恐る確認すると、そこには見知らぬメールアドレスが書かれていた。
連絡先を教えろってこと……?
そもそも、LINEや電話番号からのショートメールじゃなく、フリーアドレスって……
完全に壁を作りつつ、連絡だけとりたいと宣言された気がして……
もう一度菊丸くんの方を見ると、笑顔で携帯を振る彼と目が合って、ただ黙って俯くことしか出来なかった……
授業が終わると机の下でこっそりと携帯にメルアドを打ち込む。
送信しようかさんざん悩み、結局送信できずにため息をついて携帯をしまう。
「なぁ、小林、面白い動画、見るー?」
後ろの席の男子にそう話しかける菊丸くんの声がして、慌ててメールを送信した。
~♪
「あ、メールだ、やっぱまた今度ね~♪」
そう言って菊丸くんはペロッと舌を出しながら私の横を通り過ぎると、自分の席へと戻っていった。