第42章 【イエジ】
そーっと、家の鍵を開けて中に入ると、足音を忍ばせて静かに階段を登りはじめる。
この時間はかーちゃんは仕事のはずなんだけど、大学生のねーちゃんがいるかもしんなくて、見つかったらうるさいからなー……なんて思いながら、こっそりと自分の部屋にむかい、音を立てないようにドアを閉める。
んー……一週間って何をどんくらい持ってけばいいんだろ?
いつも遊び歩いて泊まりになったって、一泊やそこらだからなー……
小宮山、洗濯してくれるだろうし、着替えはそんないらないよな……?
ゴムは……箱ごと持ってくか……なんて思いながら、歯磨きセットやヘアワックスも用意して、その荷物に見合う大きさのバッグをクローゼットから取り出す。
ふと目に留まった青地に白の「SEIGAKU」の文字。
クローゼットの片隅にひっそりとしまい込まれたラケットバッグに目を見開いて、それからそっと手を伸ばす。
小宮山を助けるために夢中で手にしたラケット……
今でもはっきりと残る、ボールを打ったあの感触……
またドクンと胸がざわめいて、慌ててクローゼットをバタンと閉じる。
震える右手を伸ばして大五郎を引き寄せると、そのお腹に顔を埋めながら大きく深呼吸をした。
そんな簡単じゃねーか……、そうあざ笑うと、まだ震えが収まらない手で乱暴に荷物を詰め始める。
んなことやってる場合じゃないって、小宮山、待ってんだからさ。
自分の震えを自覚しながらも、オレから離れるときの小宮山の泣きそうな顔を思い出すと、ゆっくりはしてらんなくて……
「なに?英二、あんた、帰ってたの!?」
あー、びっくりした、そう恐る恐るドアを開けて驚いた顔をしたねーちゃんが、いるならいるって言いなさいよね、なんてブツブツ文句を言う。
「……なに?また出掛けるの?」
しかもこの量……旅行?、なんてオレの荷物を見ながら目を見開くねーちゃんに、やべって思って、慌ててゴムの箱をバッグの奥底に突っ込んだ。