第36章 【セイフクデート】
「不二せんぱーい……」
昇降口に差し掛かると、どこからともなくそんな声が聞こえてきて、辺りを見回すと凄く暗い陰を背負ってしゃがみ込んでいる桃城くんが見えた。
体育祭の時のことを思い出し、桃城くんもあの2人を目撃したんだなって思って、あの、元気出してくださいね……?そうそっと声をかけると、不二先輩の彼女ー、そう涙を流す桃城くんに抱きつかれた。
「本当は優しいんすね、俺、不二先輩の彼女って氷の女王かと思ってましたよ」
「だから小宮山です、それになんなんですか、氷の女王って……」
そうもがきながら桃城くんの身体を押し戻すと、桃、そう不二くんが低い声で彼の名前を呼んだから、桃城くんはビクッと肩を振るわせて、ひぃっ、すんませんでしたー!と叫びながら逃げていった。
「全く……桃のやつは油断できないな」
フーッとため息をつきながら、不二くんは振り向いて優しく微笑んだから、私も苦笑いしてそれに応えた。
「さて、どこに行こうか……?」
「どこと言われましても……」
放課後、誰かと寄り道するって凄く久しぶりだし、どう言うところに行くのかすぐに思いつかない私に、とりあえず何か食べようか?そう不二くんは優しく微笑む。
「いらっしゃ……おや、璃音ちゃん」
「こんにちは、マスター、いつもの席、空いてますか?」
カランカランと趣あるドアベルの音をさせながら入った裏路地の目立たないカフェは私の行き着けで、アンティークで包まれた店内はまるで時が止まっているかのよう。
そのお店の雰囲気にピッタリな老紳士のマスターに笑顔で挨拶してから、窓際の隅のいつもの席に向かい合って座る。
「珍しいね、璃音ちゃんの彼氏かい?」
「ふふ、そうですよ、デートですから」
そう言って私が不二くんに目配せして笑うと、彼は一瞬目を見開いて、それからすぐにいつもの優しい笑顔で笑った。
「よく来るの?」
「はい、落ち着けるから……時々、本に夢中になって時間忘れちゃうんですよ」
運ばれてきた紅茶をひとくち口に含むと、よい香りが身体中に染み込んでいく。
僕も好きだな、こんな雰囲気、そう言って不二くんもコーヒーに口を付けた。