第31章 【シンユウ】
「璃音、もしなんだったらお父さんのところに来てもいいんだぞ?」
最終日、エリザベスタワーの前でお父さんがそっと口を開いた。
目を見開いてお父さんを見ると、お母さんとも相談したんだ、そう言って優しい目をして私をみていた。
お父さんのところへ……このロンドンで一緒に……俯いてそう何度も小さく繰り返した。
それもいいかもしれない、日本に帰って数日もすれば学校が始まってしまう。
そうなれば地獄の日々になるのは目に見えている。
「……お母さんは……?」
「お母さんは仕事があるもの、すぐには行けないわ」
でも気にしないでいいのよ?そう言うお母さんの少し寂しげな笑顔にズキンと心が痛んだ。
「……大丈夫、私、今のままで平気」
そう静な声でゆっくりと答えた。
そんな私に、お父さんとお母さんは驚いた顔をして、でも……そう言葉を濁した。
「だって私、何も悪いことなんてしてないし、逃げるみたいで、嫌……」
そう自分に言い聞かせるように、しっかりと言葉にすると、ふーっとため息をついたお父さんはやはりそうか、そう言って微笑んで、お母さんはそっと抱きしめてくれた。
「その代わりお願いがあるの……」
そう口を開いた私に、璃音がおねだりするなんて珍しいね、そう言って両親は顔を見合わせた。
「高校は……他のところに進学してもいい……?受験勉強、頑張るから……」
そう言う私にお父さんとお母さんは、もちろん璃音の好きなようにしていいよ、そう優しく微笑んでくれて、いっそのこと引っ越ししてしまおう!っていうお父さんに、あらいいわね、璃音はどんなところがいい?ってお母さんも同意した。
「公園の近くがいいな、ロイヤルパークみたいなキレイなところ……」
引っ越しなんて簡単に出来る事じゃないのに、サラッと言ってくれるお父さんとお母さんの愛情が嬉しくて、2人の間に入りそれぞれと腕を組むと、その顔を見上げて笑った。
ビッグベンの鐘の音が響いて、私の心の奥底を震わせた。