第31章 【シンユウ】
「でもお母さん、イギリスなんて行くとなったらまとまった日数が必要でしょ?仕事、大丈夫なの……?」
私に付き添うために沢山休ませてしまった事もあり、そう不安に思って問いかける私に、大丈夫よ、仕事なんてお母さんの代わりはいくらでもいるんだから……そうお母さんは呟いた。
その言葉はつまり私のお母さんの代わりはいないって事なんだろうなって思って、また暖かい涙があふれた。
イギリスではお父さんが優しく出迎えてくれた。
当然今回の事件のことはお母さんから聞いていただろうけど、そのことには一切触れずに接してくれた。
久しぶりにあったお父さんの背中は、前よりもっと大きく見えた。
お父さんは沢山の観光地に連れて行ってくれた。
バッキンガム宮殿やウエストミンスター寺院の華やかさに胸を弾ませ、大英博物館で触れた世界の歴史に思いを馳せて、美しいロイヤルパークの数々は、私の心を癒してくれた。
ここが有名なウィンブルドンかー、なんてテニスを知らない私でも知っているテニスの聖地にも訪れた。
時々、香月くんがしてくれた話を思い出し、落ち込むこともあったけど、せっかくお父さんとお母さんが気分転換に連れてきてくれたんだから、そう思って笑顔を作った。
イギリスで食べる食事は、薄味というか、味がないのが特徴だな……って思いながら黙々と食べてると、璃音の独創的な味付けよりは食べやすいな、なんてお父さんが言って、あら、本当ね、なんてお母さんもそれに同意した。
ほっといてよ、そう言って頬を膨らませると、みんなで顔を見合わせてクスクス笑った。
こんなに穏やかな時間は、凄く久しぶりだなって思って、滲んだ涙をこっそり拭った。
有名な観光地から地元の穴場スポットなど、たっぷりとイギリスを堪能して、お父さんの働く姿なんかも見せてもらって、色々な人に挨拶したりもして、あっという間に予定の日数を消化した。