第29章 【フジノネガイ】
「その証拠に、今日、英二は小宮山さんに大五郎を貸してあげたよね?」
僕がどうしても確かめたかったことはそれなんだ、英二の家に連れていかなければ確かめられないからね、そう続けて言う不二くんに、大五郎……?そう首を傾げる。
「大五郎ってあの大きな熊のぬいぐるみですよね……?どうしてそれが……?」
お家の方もビックリしていたけれど、そんなに特別なことなのかな……?
抱いとけば?そう不機嫌な顔で私に大五郎を押し付けてきた英二くんの顔を思い出す。
あの時は凄く怖くて、悲しくて、そんな中の突然のことにビックリして、でも英二くんがほんの少しだけ見せてくれた優しさに戸惑って……とにかく、おさえきれない涙を隠すために必死に抱きしめていたけれど……
「うん、英二はあのぬいぐるみを凄く大切にしていてね。僕達はおろか家族にさえも絶対、触らせないんだよ。多分、自分から貸したのは小宮山さんが初めてなんじゃないかな?」
誰にも触れさせない大五郎を私に……?
それであんなにお家の方も驚いていたんだ……
そう言われてみると、あの時は自分のことで精一杯で気にしていられなかったけど、今思い出してみると、私が抱きしめたとき、既に大五郎のお腹、濡れていた……
もしかして、あれは英二くんの涙……?
英二くんにとって、大五郎は心の支えのようなものなのかもしれない。
苦しさとか悲しさとか、そんな辛い気持ちに押しつぶされそうになったとき、大五郎が慰めになっているのかも……?
英二くんの貼ってくれた絆創膏に視線を向けて、そっともう一方の手で撫でる。
私と不二くんの間を、さーっと夏の風が吹き抜けて、2人の髪を揺らして流す。
小宮山さん、そう不二くんが少し声のトーンを落として私の名前を呼ぶ。
その開かれた目にまっすぐ見つめられて、思わず身体を固まらせる。