第28章 【ヒキガネ】
「英二!!あんた、大五郎!!」
ハッとしてもう一度小宮山を見たねーちゃんは、そうオレの方を慌てて振り向く。
大五郎がどったの?そうとぼけるオレに、……ううん、何でもない、そう言ってねーちゃんはいそいそと部屋を出ると、お母さーん!英二が大五郎をー!!そう叫びながら階段を駆け下りた。
その様子に、はぁーっとため息をついて頭を抱えると、そんなオレ達のやり取りをみていた小宮山は、大五郎を抱えながら不思議そうに首を傾げる。
「ほらっ!お母さん、早く早く!!」
そうねーちゃんが叫びながらまたドタドタと階段を上ってきて、それからかーちゃんの腕を引いてドアを勢いよく開けると、ほらね!そう言って大五郎を抱く小宮山を指差す。
「あ、あの……私、何か……?」
そう戸惑う小宮山に、あ、何でもないよー、そうねーちゃんとかーちゃんは笑顔をむけて、それ、英二、怒んなかった?そうヒソッと質問する。
「ちょっとー、2人とも小宮山さん困ってんじゃん!」
そう言いながら、あー、やっぱ面倒なことになった、そう思って小宮山に視線をむけると、2人に気付かれないように、こっそりドアを顎で指して「帰れ」と指示を出す。
「あ、あの、私、そろそろ失礼いたします」
オレの目配せをすぐに理解した小宮山は慌てて立ち上がり、御馳走様でした、そう笑顔で2人に頭を下げる。
まだいいじゃない、そう言うかーちゃんに、でも菊丸くんも疲れちゃいますし、私も帰ってする事がありますから、なんてにこやかに挨拶して、菊丸くん、貸してくれてありがとうございました、そうオレに大五郎を差し出す。
大五郎を受け取りながら、必死に泣くのを我慢して笑う小宮山の笑顔に、さっき自分が吐いた暴言を思い出して胸を痛める。
それでもやっとこれで小宮山の顔を見ずに済むと思うとホッとする自分もいて、そんな自分の不安定な心に心底嫌気がさした。
小宮山から受け取った大五郎を抱きしめると、オレの涙とは別のシミができていて、それからほんのり小宮山の香りがした。