第23章 【エイジトテニス】
「オレ、トイレー!」
そう言って倉庫を出ると空を仰ぐ。
抜けるような青空に目を細めて胸を押さえる。
こんな気持ちの良い空とは裏腹に、沈む心を何とかしようと大きく息を吸い込む。
小宮山に箱を下ろして中身を確認するよう言われ、その箱を持ち上げた瞬間、なにが入っているのかなんて見るまでもなくすぐに分かった。
ずっと慣れ親しんだ感覚、一番輝いていたあの頃の、何より熱く何より大切で、何より苦い思い出のそれ。
忘れようったって忘れることなんかできない。
ずっと一緒に戦ってきた、大石とは別のもう一つの相棒……
切なくなる胸を押さえながら思い出すのは、慌ててオレと箱の間に割って入った小宮山の焦った顔。
きっと自分でも中身がラケットなことに気がついて、余計な気を回したのだろう。
ほーんと、大きなお世話だっての、気ぃ遣われんの、好きじゃないんだって。
そんな想いをつい顔に出しちゃって、小宮山にイラつくところを周りに悟られる訳にも行かなくて、思わずその場を離れたのはいいけれど、だからってすぐ帰る気にもなんなくて、これからどーしよーかなーって迷っているオレの耳に届いた懐かしい音。
ボールを打ち合うその懐かしい音に誘われ訪れたのは、テニスコートから少し離れた部室脇の木の下。
そこからそっと部活の様子を眺める。
何度も試してやっと見つけたこのポイント。
コレ以上は近づけない、苦しくなるから。
これがオレとテニスとの今の距離。
中学3年生の冬のあの日、突然起こった出来事は、オレからテニスを取り上げた。
正直、何が起こったのかよく覚えていない。
覚えているのは振り上げられたラケットと、英二!と叫ぶみんなの声。
後は気がついたら自分の部屋にいて、必死に大五郎を抱きしめていた。
それから、何度挑戦しても触れることが出来なくなったラケット。
遠くから眺めるだけになったテニスコート。
戻りたくても戻れない、どんなに望んでも二度と訪れることが出来なくなった場所……
テニス、やりたいな……そっと滲んだ涙を拳で拭った。