第111章 【ホコレルヒトニ】
「・・・ありがとう、やっぱり、英ちゃんは優しいわね・・・」
少し驚いて、それからその女は嬉しそうにタオルを受け取る。
なんでそんなことしようと思ったのか、自分でもよく分からないけれど・・・
いくらこの女がしおらしくなったからって、全てを水に流せるはずないけど・・・
「・・・一度も、言ってあげれなかったけれど、お母さん、英ちゃんのこと、大好きよ。」
ああ、オレってすげーチョロいな・・・
その女の「大好き」のたった一言で、こんなに涙が止まらないなんて・・・
だって、オレ、すげー、おかーしゃんのこと、大好きだったんだ・・・
ずっと、その一言を言って欲しくて仕方がなかったんだ・・・
「バカね、英ちゃんが泣くことないじゃないの・・・」
その女が、オレのタオルでオレの涙を拭こうとする。
いい!っ、慌てて拳で涙を拭いそれを拒む。
「あ・・・本当にごめんなさいね、お母さん、調子に乗ったわね・・・」
寂しそうに数歩、後ずさりするその女の目をしっかりと見つめる。
涙がこぼれ落ちないように、眉間に力を込めて・・・
「今はいいから、今度、会う時に返して!」
それ持って、また会いに来て・・・おかーさん・・・、オレのその言葉にその女がまた涙を流す。
オレのかーちゃんは、大好きなかーちゃんは菊丸家のかーちゃんだけど・・・
このおかーさんも・・・やっぱり大好きだから・・・
「・・・ありがとう、英ちゃん、本当にありがとう・・・」
この女の「大好き」の一言で、全て帳消しになる訳じゃないけど、それでも、オレが言って欲しいと思っていたその言葉を、自分が一度も言わなかったって分かっていて、そしてそれを言ってくれたことですごく心が軽くなって・・・
「あ!、でも、菊丸のかーちゃんが嫌がったらもう会わないからっ!、オレにとって、一番は今のかーちゃんだから!」
そこだけは間違っちゃいけない大切なことだから・・・
もう、間違って本当に大切なものを失うのは嫌だから・・・