第111章 【ホコレルヒトニ】
なんで追いかけて声をかけたのか、自分でもよく分からなかった。
だけど、身体が勝手に動いていた。
「・・・これに、英ちゃんがこの大会に出るって載っていたから・・・どうしても見てみたかったのよ、テニスする英ちゃん。」
それは月間プロテニスの今月号・・・
全国大会の有力校、有力選手の特集が組まれ取材された・・・
オレも不二に比べたらすごい小さい写真だったけど載っていて、璃音、見てくれるかな・・・?、って自分の頑張ってる姿を見せる機会が出来たことを喜んでいた。
でも、まさか、この女もチェックしていたなんて・・・
そんでもって、なんだよ、テニスするオレがどうしても見たかったって・・・
ドクン、ドクンと脈打つ心臓をギュッと抑える。
「・・・オレ、大学部に進学するつもりだから・・・働かそうと思っても無駄だから・・・」
それはきっと防衛本能から出た言葉・・・
中3の冬休み、オレの前に現れた時、働いて給料を入れるように言われた・・・
璃音の前に現れた時も、璃音が「うん」と言わないのなら、代わりにオレに働かせるって・・・
高校を卒業する歳だから、きっとまた・・・
言われる前に自分から言うことで、無意識に受けるダメージを最小限に抑えようとしたのかもしんない・・・
「大学部に進学させてもらえるの!?、良かったわね・・・本当に良かった・・・」
だから、そんなふうに安心した様子で喜ばれると、どうしたらいいか分かんなくなる。
黙って帰ろうとしていたこともあって、本当にだだ今のオレを見たかっただけなのかな?って、凝りもせず淡い期待を抱いてしまう。
「・・・もう、帰んの?」
「え?、ええ、夕方から仕事が入っているの。」
夕方から仕事・・・ああ、相変わらずまだ、そういう仕事をしているのか、そう抱いた淡い期待がさーっと引いていくのを感じた。
でも、前より大分地味な化粧・・・酒とタバコと香水の香りもしない・・・
それに・・・大切そうに月間プロテニスを抱えるその指先・・・
派手なネイルなんてない、短くなんも塗られてない爪・・・
少し、荒れてる・・・