第16章 【ヘンカトフアン】
「ネコ丸、んじゃね。」
部屋を出るとリビングで丸まって眠ているネコ丸に、英二くんがそう挨拶する。
ネコ丸は目も開けずに耳だけ声の方向に傾けると、しっぽをパタンと一度揺らしてまた眠りについた。
なんだよー、小宮山とられていじけてんの?、そう言って英二くんが苦笑いする。
それから、大丈夫だって、オレはとらないからさ、そうポツリと呟きネコ丸の頭をポンとひとなでした。
その言葉に私の胸がズキンと痛み、ザワザワが大きくなる。
玄関に座り靴を履く英二くんが、ここでいいよ、と私に背を向けたまま言う。
でも……と私も靴を履こうとすると、ほんといーんだって!、そうもう一度念を押されて何も言えなくなる。
本当にどうしたの……?
さっきから……なんか、変だよ……?
普段と違う英二くんのその様子に、どんどん大きくなる胸のザワザワに息苦しさを覚える。
泣きそうになるのを、それだけは、と必死に我慢する。
「小宮山……」
靴を掃き終えた彼が立ち上がり、ゆっくりと振り返り返る。
それから、ふーっと息を吐いた英二くんの、その節目がちな目から視線が外せなくなる。
何を言うの……?
そんな顔で、そんな声で、私に何を言うというの……?
俯いたままの英二くんが、小さな声で、あのさ……とゆっくりと口を開き始める。
「___オレさ、もう……」
イヤ、聞きたくない!!
お願い、それ以上言わないで!!
その次の言葉を聞くのが怖くて、耐えきれずに慌てて耳を両手で塞ぎ、ギュッと固く瞳を閉じる。
必死に堪えていた涙が、一滴こぼれ落ちた。