第92章 【ケツイトマヨイ】
「……なんか、久しぶり……」
「そっか……オレはたまに来たかな……一人で……」
わざわざ「一人で」なんて言わなくてもいいのに、なんて思って苦笑いすると、英二くんもそれに気がついたのか、ゴメンな、なんてまた謝ろうとするから、だからもう謝らないでください、そう言ってゆっくりと首を振る。
英二くんは、きっと、あの体育館裏で鳴海さんとのキスを私に見せてしまったことを、すごく気にしてくれているんだろうな……
そりゃ、あの時はすごくショックで、もう二度と笑えないんじゃないかって思ったけれど……
でも、美沙や不二くんに支えられて、なんとか乗り越えることが出来て……
辛くて悲しくて、でもやっぱりあの場所も英二くんも嫌いになれなくて、そしてここへの思いもなにも変わらない……
振られた時はすごく辛かったけど、やっぱりここは私が英二くんを好きになって、二人の気持ちを確かめあって、それから沢山の会話を重ねてきた場所……
「やっぱり、私、ここが大好きです……あの体育館裏も……」
「……ん、オレも……」
繋がれた指がいっそう強く握られる。
なんとなく訪れた沈黙……
遠くから響いてくる、子どもたちの楽しそうに遊ぶ声と、お母さん方の談笑に耳を傾ける。
それは多くの人にはなんでもない生活音……
だけど本当は、とても優しく、とても尊い音……
「オレさ……大学部には進学しないつもりなんだよね……」
沈黙を破って英二くんが口を開く。
それはさっき、英二くんが「私には言わなきゃな」って言っていたこと……
お姉さんの一言を受け、動揺した私の気持ちに英二くんが気づいてくれて、そして精一杯向き合ってくれている……
「前にさ、学校の廊下で……小宮山も聞いてたから分かってただろうけどさ……オレ、高校卒業したら就職する……」
落ち着いた声は、きっと英二くんの覚悟の表れ……
はい……、そう私もゆっくりと返事をする。