第88章 【キクマルサン】
「……そのままよ、鳴海グループは今や嵐に浮かぶ小舟同然……転覆も時間の問題なのよ……」
上流階級の世界は決して広くない。
あの女と息子が家に入ってからというもの、その傍若無人な態度と、すっかり骨抜きになってしまったお父さまの情けなさとで、鳴海グループの評判は下がるいっぽうで……
さすがにお父さまが社長の座にいる間は大丈夫だろうけど、あの息子が跡を継いだら、途端に倒産するに違いなくて……
そんな噂をあの跡部グループの景吾さんが知らないわけがない。
自らペラペラと言いふらす人ではないだろうけど、他ならぬ不二先輩の質問とあらば、きっとためらうことなく話したに違いなくて……
「……どうしてあんな嘘を?」
私の顔を真っ直ぐに見る不二先輩のその質問に、ふーっとため息をつく。
景吾さんに裏まで取られたら、もう誤魔化しはきかないわね……、そう諦めて覚悟を決める。
「……だって、私が演技って言わなきゃ、英二先輩、小宮山先輩のところに行けないじゃないですか……」
私が悪者になることで、英二先輩が幸せになれるのなら、憎まれたって仕方がないって、そう思ってしまったんだもの……
「キミが小宮山さんにしたことは、決して許される事じゃないけれど……それでも、英二を解放してくれたことには、感謝しているよ」
ありがとう、そう私に頭を下げた不二先輩のその言葉に、別に、先輩に感謝してもらうことじゃありませんから……なんて言ってまた歩き出す。
そう、不二先輩に感謝してもらう筋合いはない……
私がしたくてやったことだから……
英二先輩に、幸せになることを諦めて欲しくなくて、やったことだから……
『あきらめるな!』
また繰り返す英二先輩の声……
何度も思い出して耐え続けた苦痛の時間……
目の前に迫ったピンチに、ヒーローのように駆けつけてくれた……
そして私を長く辛い苦しみから解放してくれて、一緒にいてくれるって言ってくれた……