第88章 【キクマルサン】
遠くに聞こえる学園祭のざわめき……
振り返り小さくなった校舎をぼんやりと眺める。
保健室を後にすると、すぐに学校を抜け出してアパートへと向かった。
とてもそのまま、学園祭に参加し続ける気にはならなくて……
一刻も早く、英二先輩からも、小宮山先輩からも逃げ出したくて……
バカみたい……
あのままいつものように笑顔で「大丈夫ですよー」って言えばよかったのに……
詰めが甘いのは私も同じ……
手放したくなかったら、たとえ何があっても、引かなければよかったのよ……
そう保健室で小宮山先輩にもった感情を、すっかりそのまま自分へと言い聞かせる。
本当、あのままいつものように笑っていれば、これからだって、何事も無かったように英二先輩と一緒に居られたのに……
そうすれば良かったのに……
「……おーい、鳴海ー!」
感傷に浸る私の耳に、桃城くんの呼び止める声が聞こえる。
慌ててゴシゴシと涙を拭うと、彼に背を向け黙々と歩き続ける。
そんな私にあっさり追いついた桃城くんは、鳴海、歩くのはえーなぁ~、そうさっきの修羅場なんて無かったかのように、あっけらかんとした声で話しかけた。
「……何しに来たのよ、放っておいてって言ったでしょ?」
「まぁ、そう言うなって、ほら、忘れもんだぜ?」
ニッと笑って差し出されたその手には、何故か私の通学カバンが握られていて……
保健室を出た後、相変わらず集まる視線が鬱陶しくて、わざわざ教室に取り行く気にもならなくて、まぁ、いいわ、そう思って置いてきた……
別に、忘れたわけじゃないわよ、そう言いながら手を伸ばすと、気がついたもう一方の手の濡れタオル。
「これは、その、綺麗だぜ?、まだ使ってないからよ」
ジッと見つめる私の視線に気がついた桃城くんは、照れながらそのタオルも差し出した。