第88章 【キクマルサン】
「ママ、これは……その、違うんだ!、俺は嫌だって言ったのに……こいつが!、そう、芽衣子が誘惑してきたんだ!」
この状況で、そんな言い訳が通じると思っているの?
そう思う一方で、こうなることをどこかで予想していた自分もいて……
やっぱり、そうなのね、この淫乱娘が!、そう言ってあの女は息子の言葉を信じて私を思い切り睨みつける。
「そんな!、お嬢さまはもうずっと、鳴海グループのために……」
「いいの!、ダメだったら、滅多なこと言っちゃ!……大丈夫、直接、私の口からお父さまにお話します」
私の殴られた頬を冷やしてくれていた家政婦さんの言葉を慌ててさえぎると、それからもうこの騒ぎを聞きつけたであろうお父さまの元へと向かう。
お父さまは私の話をちゃんと聞いてくれるかしら……
胸に広がる不安な思い……
大丈夫、さっきはあんなに優しい目で私を見てくれた……
一分の望みかもしれないけれど、その微かな望みに全てをかけよう……
ふーっと大きく深呼吸すると、コンコンと書斎のドアをノックした。
「荷物をまとめなさい、お前には別宅の方に行ってもらう。高校も氷帝ではないところに手続きをとらせる。学校であの子に何かあったら妻が心配するからな」
結局、お父さまは私の話なんて聞いてくれなくて、私の頬に貼られた湿布薬も見て見ぬふりされて、鳴海家の恥さらし、とまで言われることとなった。
ああ、やっぱり、どうして話を聞いてもらえる、なんて思ったんだろう……どこまでも甘い自分に嘲笑った。
「……お父さま、一つだけお願いがあります……」
「……言ってみなさい」
「高校は……私、青学がいいです、青春学園高等部に進学させてください」
「……好きにしろ」
青学には菊丸さんがいる……
もう家族なんか私にはいない……
別に取り戻したいとも思わない……
菊丸さんだけ、いればいいの……
菊丸さんの近くにさえいれれば、本当にそれでいいの……