第88章 【キクマルサン】
「大丈夫だよ、桃……」
菊丸さんの落ち着いた声がコート内に響き渡る……
「諦めるな!、諦めなけりゃ必ず弱点は見えてくるんだ、チャンスはどっかにあるハズ、オレ達の力を信じよう」
……なーんて、全部大石のウケウリだけどねん、そうウインクをしてペアの選手を励ます菊丸さんのその言葉に、身体の奥底から震えるような感覚を覚えた。
「大丈夫だよ」
「諦めるな」
それはまるで自分に言われているようで……
もちろん、それがただの錯覚なのはわかっていたけれど、その真剣な表情や、はちきれそうな笑顔から、一瞬たりとも目が離せなくて……
熱くなる胸をギュッと抑えて、頑張れ、頑張れ、そう敵チームなのに何度も心の中で唱え続けた。
これが恋だと自覚するのに、時間なんてかからなかった。
菊丸、英二さん……
「やだ、ちょっと、急に青学強くなったんだけど!やーん、忍足先輩!向日先輩!頑張ってー!」
友人の悲痛な叫び通り、それ以降、菊丸さんたちの動きが良くなって、逆に体力を使い果たした向日先輩のガス欠とか、タイミングをずらされた忍足先輩のミスだとかで、そのまま青学が6ゲームを連取すると、見事にダブルス2を制した。
「やめて!離して!いい加減にして!」
「チッ、なんだよ、最近大人しかったのに、ウルセェ!だまってヤらせろよ!!」
「イヤよ!叩きたかったらいくらでも叩けばいいじゃない!どんなに叩かれたって、私、もう諦めないからっ!」
それからは、あの男が私の部屋に来ても、また全力で抵抗をするようになった。
殴られて痛かったけど、身体中、アザだらけになったけれど、決して暴れるのをやめなかった。
『諦めるな!、諦めなけりゃ必ず弱点は見えてくるんだ、チャンスはどっかにあるハズ、オレ達の力を信じよう』
挫けそうになる度に、何度も頭の中で菊丸さんの言葉を思い出した。
諦めない……
絶対、もう二度と言いなりになんかなったりしない……
いつかこの出口の見えないトンネルに、光が指す日が来る……
そう信じて耐え続けた……