第88章 【キクマルサン】
友人の断言通り、試合は一方的なものだった。
まぁ、無理もないのかもしれない、忍足先輩も向日先輩も、氷帝学園の男子テニス部、200人以上の部員の中から選ばれた先鋭なのだ。
そんな彼らに勝てるとしたら、それは余程の強者……
「もっと、跳んでみそ?」
「攻めるん遅いわ……」
その自信に裏付けされた挑発を繰り返す先輩方に、相手選手はまさになす術なく、といったかんじで……
スコアの方も、あっという間に4-0と引き離されて……
「キャー、ほらね!芽衣子、私の言った通りでしょ!忍足せんぱーい、向日せんぱーい!」
「う、うん……」
一旦、劣勢になってしまえば、どう足掻いたって抜け出せない……
例えどんなに頑張ったって、逆らったって、大きな力には抗えるはずがないんだから……
なのに……
どうして相手の選手たちは諦めないの……?
そんなに必死にボールを追い続けるの……?
忍足先輩の天才的なゲームメイクにも、向日先輩の常人離れしたアクロバティックプレイにも、全く歯が立たない状態なのに……
ねぇ、どうして……?
思い浮かぶのは、あの女とその息子の顔、それから言いなりになっているお父さま……
私一人だけが、何を言っても、もうどうなる訳もなくて、あの息子に好き勝手されても、それにすら逆らうことが出来なくて……
もう、私には、それらと戦う気力なんて残ってなくて……
最近は、あの男にもされるがままで……
「させない!」
決まった、そう思った向日先輩のボールを、菊丸さんがすごい体制で打ち返した。
シュルン、シュルン、手首にラケットを回しながら顔を上げる。
その目には、先程までの不安なんて全く感じられない、とても強い光が宿っていた……