第88章 【キクマルサン】
「奥さま、どうかおやめください!こちらは亡くなられた奥さまの……」
「いいから早くなさい!主人もいいって言ってるのよ!あんた使用人のくせに、主人の命令に逆らうつもり!?」
「で、ですが……」
お屋敷についた途端、その予感は的中していて、いつも必ず出迎えてくれる執事さんの挨拶もなくて、「お帰りなさいませ、お嬢さま」のかわりに、2人の言い争う声が屋敷内に響き渡っていた。
「……みんなどうしたの?、お母さまのお部屋の前で……」
お母さまが亡くなってから、ずっとそのままにしてあった部屋のドアが開け放たれていて、言い争う声はそこから響いていて、そのドアの前には顔を曇らせた家政婦さんたちが不安そうに部屋を覗き込んでいた。
そんなお家政婦さんたちは、私が声を掛けると、お帰りなさいませ、失礼します、そう慌てて頭を下げて、足早にその場から立ち去っていく。
どういうこと……?、そう不思議に思いながら覗き込んだ部屋の中の様子に、思わず愕然として立ち尽くした。
亡くなってからずっとそのままの状態にしてあったお母さまの部屋の中は、数人の業者の人たちの手によって、家具などが運び出されようとしているところだったから……
「何してるの!ここはお母さまのお部屋よ!早く元に戻して!!」
「あ、お嬢さま、申し訳ございません、出迎えもいたしませんで……」
「そんなことはいいの、それよりコレはどういうこと!?、お母さまのお部屋はお父さまにお願いして、ずっとそのままにしてもらうように言ってたでしょう?」
「そうなんですけれど……その、新しい奥さまが……」
執事さんは申し訳なさそうに目を伏せると、それから気まずそう言葉を濁らせた。
この女は……どこまで勝手なことをすれば気が済むの……?
絶対許せなかった。
お母さまの部屋は今でも私の心の拠り所で……
毎日のようにお母さまの大切にしていた物に触れることで、お母さまの温もりを思い出していた。
そんな掛け替えのない大切な空間に、土足で踏み込んできて壊そうだなんて……