第87章 【ホットケナイ】
ダメ、もう私のために英二くんに暴力なんてふるって欲しくない……!
「英二くん、大丈夫です!、私なら大丈夫ですから……だから落ち着いて……?」
慌てて気持ちを立て直した私の静止に、震える拳を握りしめた英二くんは、ガシャン!とパイプベッドの柵を思い切り殴りつけ、行き場のない怒りを発散させた。
「……もう消えろ……二度と近寄んな……」
英二くんが俯いたまま低い声で吐き捨てる。
分かってます、そう鳴海さんも目を伏せたまま、私たちの側から歩き出す。
……鳴海さん……
その顔には、さっきまで見せていた歪んだ笑顔なんてどこにも無くて……
いつもの可愛らしい笑顔や、挑戦的な顔から想像もできないくらい、喪失感に溢れていて……
その目には、微かに涙が滲んでるように見えて……
保健室のドアに向かう鳴海さんの前に、ずっと黙っていた美沙が立ちふさがる。
不思議に思って視線を向けると、黙ったままの美沙が、勢いよく手を振りあげた。
「美沙!、やめて!」
私の止める声と同時に振り下ろされた美沙の平手……
パン!、パン!、2回、張りのある音が保健室内に響き渡る。
「璃音と英二の分。だって私しか叩ける人いないでしょ?、璃音は何されたって怒れないお人好しだし、英二だって流石に女に手を挙げれないから」
美沙……
美沙の気持ちはありがたいけれど、美沙にだって私のために人に手を挙げて欲しくないよ……
それに……
鳴海さんの時折見せた辛そうな顔をみたら、やっぱりズキンと胸がいたんで……
「鳴海!」
ずっと呆然としていた桃城くんが、鳴海さんを心配して走りよる。
放っておいて……、それを低い声で拒んだ鳴海さんは、一度もこちらを振り向かないまま、カラカラとドアを鳴らして保健室を後にした。