第87章 【ホットケナイ】
「……私、もう行きます、ね……」
本当はどうして?って責めたかった……
泣き叫んで、嫌だって、すがりつきたかった……
だけど、英二くんが苦しむのは、もっと嫌だから……
それでも鳴海さんを選ぶその意志は、私ではどうしようもないから……
「ゴメン……オレ、芽衣子ちゃんのこと……放っとけないんだ……」
カーテンに手をかけて出ようとする私に、英二くんがそう呟く。
いいよ、そんな話、聞きたくない……
英二くんが鳴海さんをどれほど大切に思ってるか、なんて、私に聞かせてどうするの……?
ずっとこらえていた涙が、とうとう頬をつたい流れ落ちた。
「……なんなの……?」
カーテンの向こうから突然聞こえた声に目を見開く。
それはまさに英二くんが私の代わりに選んだ人の声……
普段の可愛らしい声とは程遠い、怒りに任せて発せられた……
勢いよくカーテンが開き、その声色通り、怖い顔をした鳴海さんと目が合った。
「あ、あの……」
必死に涙を堪えて目に力を入れている鳴海さんに、なんて声をかけたらいいか分からず、そう言葉をつまらせる。
彼女はそんな私の横を素通りし、それから英二くんの元へと歩み寄った。
ふだんの柔らかい笑顔なんて微塵も感じられない険しい顔……
当たり前だよね……目の前であんなふうに彼氏が他の女と抱き合っていたのに、平然としてられる人なんていない……
もう今回は前のように「寝ぼけてました」なんて言い訳、通じるはずないし……
でも、もう私にはこの状況を見守るしかなくて……
不二くんや他のみんなも、カーテンの向こう側でこの状況を黙って見守っていて……
その中にはお母さんも、それから噂を聞きつけ駆けつけてくれた美沙の顔もあって、本当にあんたはバカなんだから、そう美沙が私に呆れた顔をする。
本当、バカだよね……
「……芽衣子ちゃん、さっきは、その、ゴメン……、もう、裏切ったり、しないから……許してよ……?」
ああ、困ったな……
自分で納得して離れたくせに、涙、全然、止まらないよ……