第87章 【ホットケナイ】
「本当にありがとうございました」
一通り涙が落ち着くと、そのお母さんはもう一度深々と頭を下げて、保健室を後にした。
手には養護の先生から渡されたパンフレットと、もう片方はずっと寄り添っているお子さんの手をしっかりと握りしめて……
「あの親子の未来が、明るいものだといいですね……」
ポツリと呟いた私のその声に、うん、そだね……そう英二くんが同意する。
オレみたいな子どもは、一人いれば十分だからさ、そう言ってふたりを見送る英二くんの目はとても寂しそうで……
ギュッと胸が締め付けられて、慌てて繋いだ手に力を込めた。
「小宮山……あの、さ……」
私の手に力が入ったのをきっかけに、英二くんが話し始める。
それは戸惑いがちに発せられる英二くんの声……
もう何度も聞いたことがある、私に言い難いことを切り出す時の、少し低い……
ズキン____
その声に、さっきの不安が一気に蘇り、ビクッと身体が大きく震える。
カーテンの向こうから聞こえていた、不二くんたちの話し声もピタッとやんで、保健室内がシンと静まりかえった。
英二くんのその低い声は、まだ何も言わないうちから、言いたいこと全てを表していて……
「……オレ、さ……都合いい時ばっかで、ほんと、悪いんだけどさ……」
ああ、やっぱり……私のところに戻ってきてはくれないんだ……
これからも、鳴海さんと一緒に、いるつもりなんだ……
張り裂けそうに痛む胸、湧き出す涙を必死にこらえる。
「……鳴海さん、呼んであげてください……きっと心配してます……」
英二くんが言いにくいなら、私が言うしかないよね……
だって、こんなに苦しんでいる英二くんを、もうこれ以上、苦しめるわけにはいかないもの……
そんな私の言葉に、英二くんの手がピクッと震え、それから、ゴメン、そう消えそうな声で呟いた。
そっとその手を離す……
身体を起こして距離をとり、それからゆっくりと立ち上がる……
ギシッと軋むパイプ椅子の音が、保健室内に響き渡った。