第86章 【トクベツナバショ】
「かーちゃん、好きか?」
「……うん、怒ると怖いけど、優しくて大好きだよ。」
その言葉に母親がさらに子どもをきつく抱きしめる。
ゴメンね、本当、ゴメンね、ママも大好きよ……、涙を流すその母親の言葉に、良かったな……、そう呟いて立ち上がる……
『おかーしゃん、オレのこと、好き……?』
『……だから、当たり前でしょ』
『ちゃんと言ってよ、ねぇ、オレのこと好き?』
『いい加減にして、忙しいの!』
オレには最後まで向けられなかったその言葉……
いくら望んでも……決して……
ドクン、ドクン____
より暗く、より深く、落ちていく心の闇……
ダメだ……
ふらふらと人気のない方へと歩き出す。
「あ、あの……先輩……」
「おい、英二、大丈夫かよ、顔が真っ青だぞ?」
戸惑いながら近づいてきた芽衣子ちゃんにも、心配して声をかけてくれた知人にも、とても構ってなんかいらんなくて……
ましてや人前でぶっ倒れるわけにもいかなくて、息苦しい胸を押さえながら、手のひらでみんなを拒む。
はやく、ここから、遠くに……少しでも……
「先輩!具合悪いんですか!?、私につかまって下さい!」
慌てて駆け寄ってオレの腕をつかむ芽衣子ちゃんの手を思いっきり払い除ける。
驚いて言葉を失った彼女に、申し訳なく思うどころか、ほっといてくれないその様子が鬱陶しくて……
必死にその場を離れようとしたけれど、もう身体は限界で、近くの木の幹にしがみつくと、とうとうその場にへたり込む。
「せ、先輩……あ、あの……」
「……芽衣子、ちゃん……ほんと、悪いけど、今は……」
恐る恐る、もう一度近づいてきた芽衣子ちゃんを、力なく見上げ再度拒否をする。
顔を上げて目に飛び込んできたのは、心配そうにのぞき込む芽衣子ちゃんの顔……ではなく、彼女の肩越しに広がる空。
ドクン____
今まで以上に大きな衝撃が心臓を襲う。
茜色に染まるその空は、まるで幼い日々、ひとり孤独の中で見上げたそれと同じで……
その空を見ていたら、金縛りにあったかのようで……