第86章 【トクベツナバショ】
「せ、先輩……あ、あの……」
沈黙を破って芽衣子ちゃんが恐る恐る声をかける。
声をかけたはいいけど、その後に続く言葉を見つけられない様子で……
少しだけ、周りに目を向ける余裕が産まれて……
芽衣子ちゃんも周りも、信じられないという顔でオレを見ていて……
ああ、もう、ほんと、手遅れだな……
「……でも、あんた、まだ、あの女より救いようあるぜ……?」
「……あの女?」
暴力や暴言はあの女と同じだけれど、その子どもはオレと違ってガリガリって訳じゃない。
着ているものだって普通に清潔感のある服で、こうやって遊びにも連れ出している。
なにより、さっきからこの母親は、得体の知れないオレから、必死に息子を守って抱きしめていて……
ろくに食べるものも食べさせてもらえず、サイズの合わない薄汚れた服を着ていたあの頃……
遊んでもらった記憶も、抱きしめられた記憶も、それどころか手すら繋いだ記憶もほとんど無い……
ドクン、ドクン、一旦静まっていた警報が、一気に激しくなり始める。
グッと胸を抑える……
この感じ、ヤバイ……かもしんない……
「あんたに何がわかるのよ……母子家庭なのに実家にも頼れなくて……たった1人で子育てしてる私の気持ちなんか……」
あぁ……分かんないよ……
分かりたくもない……
どんな理由があったって、子どもに理不尽な苦痛を与え続ける母親の気持ちなんか……
だけど……子どもの方の気持ちは、嫌という程分かりすぎて……
「……このままじゃ……いつか捨てられる……成長して分かるようになったら……子どもから……」
捨てられて、でも恋しくて、また裏切られて、悟って……
でもこっちから捨てても、結局、こうやってオレを闇の中に縛り付けて、いつまでも苦しめ続ける……
「ガキはいつまでも、ガキじゃないってことくらい、分かんだろ……?」
酸素不足の中、必死に声を振り絞る……
怯える子どもに、怖がらせてゴメンな?、そうもう1度謝って頭を撫でる……