第86章 【トクベツナバショ】
不安そうな顔で見上げる目の前の小さな男の子を見ていたら、家族への気遣いだとか、自分の保身なんてものは、どこかへ飛んでしまっていて……
「な、なによ、あんたには関係ないでしょ!」
すっかり頭に血が上っている母親がそうオレに食ってかかる。
確かにカンケーないけどさ……、そう呟きながら男の子の前にしゃがみ込むと、ちょっとゴメンな?、そう断って、グイッとその袖をめくりあげる。
ああ、やっぱり……
露になった二の腕には、いくつかの不自然な内出血……
「何するんですか!、警察呼びますよ!?」
奪うように男の子を引き離した母親が、ギュッとその子を抱きしめて、それからすごい形相でオレを睨みつける。
警察、呼ばれたらそっちが困んじゃねーの……?、その吐き捨てるようなオレの声に、母親の肩がビクッと跳ねた。
男の子の腕の内出血は、赤くハッキリしているものや、黒ずんできえかけているものまでいくつもあって……
きっとそれは、長期に渡って何度も繰り返されている証で……
「いつから殴ってんだよ?……たいして抵抗も出来ない子ども相手にさ……」
「な、なに言って……これは、そんなんじゃ……」
シドロモドロで目を泳がせるその様子に、まだシラを切るのかよ……、そうフーッと大きくため息をつく。
ああ、そうだ……
あの女だって、こんな感じだった……
児童相談所のおねーさんにあれこれ聞かれた時、こんなふうに食ってかかって、それから、絶対認めないで……
そしてオレは、まだ何もわかんないガキのくせに、いつだってあの女を庇って……
ギュッと母親の腕にしがみつく男の子……
ひどい仕打ちにも必死に耐えて、精一杯の愛を訴える……
「……そんな思いさせるくらいならさ、さっさと捨てちまえよ?」
見下ろしながら言ったその言葉に自分でも愕然とする……
自分の身の上に起こった、未だに抜け出せない足枷の……オレにとってそれはこれ以上ない、残酷な言葉……
その方が、お互いのためだよん……?、そう嘲笑うオレの様子に、居合わせた全員が息を飲んだ……