第2章 アルスラーン戦記短編*ハロウィン
「…それは、カナヤの私への気持ち、なのか?」
胸元から響いた、少し低いその声に目を見開く。
「起きてたん、ですか?」
「いや…最初こそはあまりの衝撃で気を失ったのだが、カナヤが私の頭を撫でてくれていた時に目が覚めたのだ」
なんで言ってくれなかったのか。
カナヤは抗議するようにアルスラーンを見ると、少しだけ申し訳なさそうにして眉を寄せた。
未だに離れようとはしないアルスラーン。
カナヤは振りほどく事も出来ずに、しばし二人共無言になる。
ああ、聞かれてしまった。
仲間として上手くやってきたのに、これからどうしようか。
変に冗談めかすような事がこの状況で言える訳もない。口から出た言葉が、取り返しがつかなくなってしまったと後悔し始めていた。
見透かすように先に口を割られる。
「口にして、後悔しているのではないか?」
「…少し」
不意にアルスラーンの温もりが離れて、触れていたところに冷たい空気が過ぎる。
もう、さっきまでのように仲良くは出来ないのかもしれない。
寒さと相まった、芯から冷えるような寂しさに軽く身震いすると、多いかぶさるように抱きしめられた。
「後悔などするな。私は嬉しい」
「殿下?」
「今は、殿下などではない。ただのアルスラーンだ」
優しい声こそ変わらないが、その中に男を感じて背中がゾクリと粟立つ。
抱きしめられた腕に力が入って、少し苦しい。
彼は、こんなに大きかっただろうか。
気づかぬうちに腕や背中が逞しくなっていたようで、かわいいだのなんだの茶化していたのが嘘のようだ。
「名前を、呼んでくれ。カナヤ」
「え…っと」
「さっきの言葉を、もう一度聞きたいのだ。近くではっきりと」
抱きしめていた体を離し、鼻が触れるくらい近くに顔を寄せられる。
ラピスラズリの瞳には、有無を言わせぬ力があるようだった。
「私は、アルスラーンが、好き」
熱に浮かされたようにして絞り出したその声に、アルスラーンの頬が緩む。
「もう一度だ」
「好き、アルスラーンが、ずっと好きで、でも言えなかった」
「今、言った」
カナヤの顔が涙でクシャクシャになってしまっている。
溢れてくるそれを唇ですくう様に、何度も触れる。
「私も、カナヤが好きだ。ずっと、そう思いながらカナヤだけを見ていたのだ」