第2章 アルスラーン戦記短編*ハロウィン
「全く…何やってるんですかあなたは」
呆れたようなため息混じりのその声は、エラムのものだった。
「う…ごめん。マントが引っかかって。無理やり引っ張っても良かったんだけど、破けそうだったから」
ある程度進んだところで振り返るとカナヤがいなくなっていることに気がついて、ギーヴにランタンを預けて戻ってきたらしい。
焦ったのだろうか、その額にはわずかに汗が滲んでおり、少しだけ肩で息をしているようにも見えた。
「言い出した本人がいないと話になりませんよ。さ、行きましょう」
被っていたカボチャをとると、器用にマントの引っ掛かりを取ると、カナヤの口からは感嘆の声が上がる。
シィ、と人差し指を口に当てるエラムの仕草に、慌てて両手で口を塞いで周りをキョロキョロと見渡した。
おもむろに立ち上がった瞬間、カナヤはフラリとよろめいた。
「…っと、しっかりしてください、全く、慣れないのにそんな靴を履くからですよ」
「だって、ギーヴがコレ履けっていうから」
ふくれっ面のカナヤの足元を見ると、ヒールが高い靴を履いていた。普段動きやすいものしか履かないので、これでは歩くのも一苦労だろう。
肩を持って支えていると、窓から秋風が強く吹く。
「…!?」
カナヤは靴に気を取られていて気づかなかった、マントの合わせ目をしっかり握っていたはずの手が離れて、風に翻ったマントが、カナヤの肌を露わにする。
「あ、あなたは、なんて格好で……!」
布一枚で隠すところは隠してはいるが、カナヤが肌を晒す習慣も見る機会もそうないため、エラムには刺激が強すぎたらしい。
みるみるうちに顔を真っ赤にしたエラムに、カナヤは自分の首から下をハッと見下ろす。
「う…ムグッ」
「大声出しそうになってたでしょう!?この状況を見られたら、私が何か言われますから勘弁してくださいよ……」
エラムに口を塞がれて、声を上げずに済んだが、このままではもうハロウィンどころではない。
「とにかく一度部屋に戻りましょう」
顔を逸らしてはいるが、その耳が真っ赤になっているのを見て、なんだか申し訳ない気がしてしまう。
見つからないように様子を見ながら部屋に戻ると、2人は盛大にため息をついてその場にへなへなと崩れ落ちる。