第2章 アルスラーン戦記短編*ハロウィン
(ひっ!)
声を出すまいと口を抑えて振り返ると、そこにいたのはダリューンだった。
「…こんな夜分に何をしているんだカナヤ」
「あ、ははは……ちょっとマントが引っかかってですね…」
乾いた笑いをしながら、引っかかったその先をチョンチョンと指を指す。
ダリューンはハァと殊更大きくため息をつくと、かがみ込んでそれを外した。
その最中、マントをきっちり合わせて身じろぎするカナヤに、ダリューンは眉を寄せる。
「…なぜそんなに怯えている?」
「え、いや、怯えてないしなんというか寒くて」
やけに嘘っぽい口ぶりに、ますます眉間にシワが寄っていくダリューン。
カナヤはへたり込んだ姿勢のまま思わず後ずさりするのだが、背中に壁の冷たさを感じて思わずダリューンを見上げる。
「最近妙に態度がおかしいとは思っていたのだ。殿下まで様子が変わっておられた。カナヤ、おまえ何か知っているな?!」
ビクッと肩が揺れて顔色が変わる。
今まで聞いたことがないような冷たい声と眼差しに、カナヤはダリューンに恐怖さえ感じたのだ。
「私は別になにも「別にもなにもあるか!!」」
力づくで首元からマントを引き剥がされる。
窓から差し込んだ月明かりがやけに眩しく感じられた。
ダリューンの目に映ったのは、カナヤのアラレも無い姿だった。
羊のように巻いた角を頭に付け、素肌に身につけているのは、頼りない下着のような黒い布だった。
悪魔を模したような尾っぽが付いており、前を必死に隠して赤面する彼女は非常に扇情的であった。
「…ッ」
衝動的にカナヤを抱えあげると、乱暴にマントを頭から被せて走り出す。
ダリューンの力強い腕と胸板に触れてしまい、羞恥も合わせてカナヤは眩暈がしそうだった。
息を切らせて駆け込んだ自室で、ダリューンはベットへカナヤを投げ込む。
「全く!こんな時間にひとりででうろついて!挙句にそんな格好で!」
珍しく声を荒らげて怒るダリューンに、カナヤはごめんなさいと、ひとこと告げる事しか出来なかった。
「…一体なにをしていたのだ、最近殿下はお前のところへあしげく通っておられたようだが…その、そういうことなの、か?」
「…?そういうこと?」