第8章 バレンタイン特別短編(鬼灯)
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「鬼灯さま、鬼灯さま。」
水中で聞いているような曇った声がする。
「鬼灯さま、起きてください。10分経ちましたよ。」
「………あと5分…」
「それ5分じゃ起きないやつですから」
ピタッと突然冷たいタオルを顔に置かれ一気に意識を引き起こされる。
「………意外と荒っぽい起こし方をするんですね…」
「目、覚めたでしょう?」
タオルを顔から外すと、さゆさんは悪戯っぽい笑顔でそれを受け取る。
「あ……」
立ち上がり軽く腕を回す。
「すごい…肩が軽いです。」
「それは良かった。目のクマも、まだちょっと残ってるけど薄くなりましたね。」
目の下を軽く、優しく指でなぞられる。
ああ、本当頂けませんね。
目が覚めてきたとはいえまだ少し眠気は残る。
白澤さん、よく今まで手を出さずにいられたもんだと初めて感心する。まぁ、ことこれに関してだけですけど。
「ありがとうございました。こういうの、あまりされたこと無かったので。嬉しいです。」
「本当ですか?私も死んでから初めてやったんで、久々でちょっと心配してたんですけど、そう言っていただけると嬉しいです。」
…えっ
「死んでから初めてだったんですか…?」
「あ…」
さゆさんが後ずさりをしたことで無意識のうちに自分がさゆさんに詰め寄っていたことに気づく。さゆさんといえばサーっと顔を青くして両手のひらを胸の前でこちらへ見せていた。
「ご、ごめんなさい…!ふっと思い立ったっていうか練習する間も無かったっていうか…その、失礼でしたよね、ごめ…」
「うるさい。」
手のひらでさゆさんの口を塞いでゆっくりと息を吐く。彼女の顔を見れば、まだ少し怯えたような目でこちらを見ていた。
そういう表情も、あまり男に見せるもんじゃないですよ…。