第8章 バレンタイン特別短編(鬼灯)
「キッチンお借りしてすみません。ありがとうございました。」
「いいのよこれくらい。白澤様もきっと喜ぶわ。」
お香さんに書類を渡しに行こうとしたところ、店の前でお香さんとさゆさんがそんな会話をしているのが目に入った。
「お香さん、さゆさん、こんにちは。」
「あら鬼灯様、こんにちは。」
「ご無沙汰しています。」
挨拶をすると2人とも笑顔で返してくれる。
さゆさんに会うのは先日、極楽満月に薬を買いに行ったとき以来だ。
やっぱり。
思い過ごしなんかじゃない。
自分はこの人に惹かれている。
自分に微笑む笑顔をいつまでも見つめていたいところだが今はお香さんもいる。
古くからの馴染みで勘のいい彼女には下手なことをしたらすぐにバレてしまいそうだ。
まぁお香さんにならバレでも何も問題はないだろうけれども、とはいえ恋人がいる相手への想いを周囲に知られるのは個人的に居心地がいいものではない。
それに今は仕事中だ。
「お香さん、休日のところすみません。これ、今度ここにくる亡者のリストです。明日時間が取れるかわからないので今日渡すだけ渡しておきますが確認は明日で大丈夫です。」
「あら、わざわざありがとうございます。」
持ってきた書類をお香さんに渡すと「明日何かあったかしら?」と聞かれた。
「2月は節分やらバレンタインやらで業務に支障が出る方が多いので、いっそ2つを合体したイベントでもしようかと。」
「合体?」
「早い話、チョコで豆まきをするんです。」
「なんか…え?凄そうです…ね?」とさゆさんが頭にハテナを浮かべながらお香さんを見ると、お香さんも困ったように笑っている。
説明をするのが面倒だったのもあるが流石に省きすぎたか。
お香さんには参加の時に改めて説明するがさゆさんはどうしようかと考えていると、ふっとあることを思いついた。
「………せっかくなので見に来ますか?」
「え?いいんですか?」
「もちろん。14:00から行うので時間があればですけど」
「あ、行けます!行きたい!」
百聞は一見にしかず。
そう思い口にした提案に楽しそうに顔を綻ばせるさゆさんを見て、心の中でガッツポーズをした。