第1章 いつも通り
「恥ずかしい話、僕、好きな子にはずいぶん奥手みたいだ。」
「ならゆっくりでいいです。ゆっくり距離を縮めて行きましょう?」
時間もたくさんありますし。
3ヶ月前から付き合い始めた上司はあの日以来また私に触れなくなった。
そんな上司兼恋人であるはずの白澤さんは今日もこの漢方店に来る女の子の手をとりナンパしていたようだ。
私にはほとんど触らないのに。
同期である桃太郎くんと薬草を採ってドアを開けてすぐの光景がこれだった。いったい私がここで勤め始めてから何度目だろうか。
「いやーーー!!!!違うよ!これは!!違うからね!!!」
「へぇー」
「最低ですね。」
慌てる白澤さん。
淡々と冷ややかにリアクションをする私と桃太郎くん。
これはこれでまぁいつも通りといえばいつも通りである。
でも良いわけではない。
女の子は「では、私はこれで」と言うとやっと解放されるといった表情をしながら私の横を通り過ぎて帰っていった。
「…白澤さん。」
「さゆちゃん?あ、あのね…」
「閻魔さまから頼まれていた薬はできてますか?」
「えっできてるけど」
「私届けてきますね。」
「えっ」
「桃太郎くんいこ?」
「え?!俺も?」
「うん。白澤さん。この薬草の処理、私と桃太郎が帰ってくれるまでに頼みます、ねっ!」
桃太郎くんの持っている分を自分のものと重ねて少し乱暴に白澤さんに押し付ける。
「えっちょっ!」
「私夜ご飯は炒飯と小籠包がいいです!楽しみにしてますね」
できるだけ自然に微笑みながら言い切ると地獄へのお届けものを手に持ち桃太郎くんの背中を押して外へ出る。
「まって!ちょっと!本当!ごめんなさい!!!ねぇケータイもった??!
」
後方から何やら声が聞こえるがシカトである。
これも良くあること。
「シロちゃん達休みだといいなぁ」
「あ、昨日採った桃も持って来ればよかったね」
桃太郎くんも慣れた様子である。
彼は私と白澤さんの癒しでありワンクッション。3人でいる空間は白澤さんと私の関係が変わってからも居心地の良いものだった。