第30章 夏合宿 ⑤君の能力
「…7月中旬…。優希の膝の不調を“感じる”。本日、やはり膝の故障を確認。テーピング・患部の冷やしの徹底と書いてある。他にも、女子部員の故障や不調箇所を“感じ”て、対処。処置をしたと書いてある。
この“感じる”とは、なにかな。」
征十郎さんの目は真剣で、でも不思議と威圧的ではない。
私は自分の指先を見て、フーッと息を吐いてから、もう一度征十郎さんを見る。
「…私の兄がバスケットをしていると、以前話したことを覚えていますか?」
征十郎さんはゆっくり頷いた。
私も小さくうなずき、俯いた。そして、テラスから見える星空へ視線を向ける。
「ドイツにいた頃。一番下の兄が試合から帰ってきて、その時私、兄の手に触れたんです。…違和感を感じました。
何だか分かりませんが、不思議な感覚でした。
だから私、兄に聞きました。手は痛くないかと。でも、その時は痛くないと兄は笑っていて…。
なのに2週間後。兄は練習試合中に、手首の筋を痛めてしまいました。お医者様が言うには、疲労による怪我だと。全治3週間の怪我でした。」
その頃を思い出すと少し辛い。
あの時の違和感をそのままにしなければ、兄は高校最後の試合に出れていたのではないかと後悔ばかりが頭を回る。
私は自分の手をぎゅっと握り、征十郎さんへ向き直った。
「私は、身近な人の不調を手から感じることが出来るみたいなんです。今まで、家族にしか感じなかったのに、今は女子部のみんなの身体が分かるんです。」
そういうと征十郎さんは若干目を見開き、私を見つめている。
そして、静かな声で私に問いかけた。
「身近な人間の不調を手から感じる?」
「はい。身体を触って不調を感じるんです。」
「触らないと分からない?」
「はい。見て感じる場合は、もう故障している可能性が高いんです。触れて気がつく不調は悪化を防ぐことが出来ます。」
「この話はどこまでの人が知っているの?」
「えっと……女子部員と監督・女子のコーチ陣だけです。」
「………そう……。」
短い会話をした後、征十郎さんは顎に手を置き、何か思いを巡らせている。